Queensberry Flower Company
ハインリクス可奈子さん
1981年、東京都足立区出身。1998年に英語の上達を目的に、日本の高校からカナダ・マニトバ州の高校へ一年間留学。日本へ帰国後、「まだまだ自分の求めるレベルに達していない。英語をもっと学んで好きなことをしたい」と2000年、アルバータ州のアルバータ大学に入学、ビジュアルアート科で油絵を専攻。04年に同大学卒業後、日本で貿易振興機構に就職。07年、「やはりカナダに住んで仕事がしたい」と移民。一年間、設計事務所に勤めた後、リストラの危機から起業を目指し、現在、バンクーバーダウンタウンのグランビル駅、イエールタウン-ラウンドハウス駅構内で生花店を経営する。
高校の1年間、大学4年間の学生時代をカナダで過ごした可奈子さん。その頃に巡り合ったカナダ人が今の夫。日本での就職期間中など何度となく遠距離恋愛を温め、結婚に結びつけた。風土も国も好きになった「カナダに住んで、働きたい」と移民。夫がBC州出身だったため、「彼の実家、家族と近くに」とバンクーバーに居住することを決めた。海外ではよくある国際結婚をして移民するカップル、夫についてくる妻の1人だった。
移民後は、まず職に就きたいとの思いから、設計事務所でアドミニアシスタントとして働いた。けれど、経済不況のあおりを受け、リストラ対象の1人に。雇われている限り、経営状態が悪くなったらいつ解雇されるか分からないのはどの職種でも同じ。このままリストラの危機を感じながら働き、「本当に自分のしたい職業でもない所にいることは幸せなのだろうか」と思い巡らせた。そして、自分で起業する道を決断した。
「日本にいたときも起業するなんてことは考えたこともなかった」と話す可奈子さん。学校を卒業後、長期のビジネス経験もなく、出資金もコネもない、ないない尽くしの境遇だった。持っていたものはビジネスを立ち上げるという最初の目標だけ。それは決して忘れなかった。
そんな時、折りよく州政府が無料で提供するSelf Employment Program(自営業支援プログラム)を見つけ、3カ月の集中プログラムに参加した。しかし、大学時代の専攻課程はアート。ビジネス経営の知識は全くなく、初めて学ぶことばかり。それでもビジネスの基本となるノウハウを必死で学び、自分が何をしたいのかを模索した。
プログラム終了後、1年かけてアイデアが固まった。それは駅構内に花屋さんをオープンするということだった。バンクーバーに限らず、海外の駅の構内は殺風景で場所によっては「危ない」というイメージさえもある。それを払拭して通勤者、駅利用者が見る「いつもの風景に彩りを与えたい」「バンクーバーの駅には何もない。日本にいたときのように仕事帰りにきれいでかわいいものを見て、楽しんで、幸せな気持ちになってもらいたい」という思いから考えついたアイデアだった。
バンクーバーと近郊の駅構内は日本に比べ敷地も狭く、切符売り場にコーヒーショップなどが2,3あるほど。店舗の管轄は公共交通機構なため、資金があっても簡単に店舗を出すことはできない。
しかし、可奈子さんはアイデアを夢では終わらせたくなかった。関係部署には自ら企画書を持っていき、約1年、交渉を粘り強く繰り返した。さらに、それまでビジネスの経営経験も実績もない可奈子さんには資金面も壁となって立ちはだかったが、Self Employment Programに参加したことがきっかけで知った若手起業家を支援する団体「Canada Youth Business Foundation」から融資を受けることになった。
「できるということを前提に考えて、今、できることを探していけば道は開ける」
こうして、「駅を彩りたい、人を幸せな気持ちにさせたい」、という気持ちから生まれた「駅の花屋さん」、「小さな屋台の花屋さん」は「素晴らしいアイデア」と共感を得て、09年11月、ダウンタウンの中心駅、グランビル駅構内にクリスマスを1カ月後に控えたタイミングでオープンした。
もともと「物作り」が好きで、大学ではアートを学び、アート感覚は兼ね備えていたものの、花についての知識はなかった。でも、ひるむことはなかった。
ここでも1から学ぶことばかりだった。手入れの仕方、組み合わせ方、入手先、同じ赤いバラでも様々な種類があり、どの赤いバラが良いのか…。フローラルデザイナー講座にも通い、花市場ではサプライヤーに色々な質問を聞いて回った。可奈子さんは「よくこんなど素人に皆さん、親切に教えてくれたなって思うほどたくさんのアドバイスを頂いた」と感謝すれこそ、毎日、花市場に通い詰めて必死で学ぶ、ひたむきな姿勢に周囲が心を打たれたからではなかろうか。
毎日がぶっつけ本番の日々だった。店を持つのも、人を雇うのも何もかも初めてで分からないことだらけだったが、ただがむしゃらに働き続けた。朝5時の仕入れから夜も店じまい後まで休むことなく体を動かした。とうとう体調を崩して倒れてしまった。その時、「働くことはいいことだってがんばってしまいがちだが、休むときは休むということも仕事のうちと痛感した」。
「ライフワークバランスがとれていないと仕事が嫌になってしまう。一時期は、とても香りのよいフリージアのにおいを嗅ぐことさえ苦痛に感じた。花を勧める仕事なのに花の匂いと向き合う余裕さえなくなってしまった」と振り返る。仕事をがんばることはいいことだが、「心に余裕がないといい仕事はできない」。
辛いハードルを越える日々だったが、初めて駅構内に出来た「小さな花屋さん」への反響は大きかった。「毎日、いい気分にさせてくれてありがとう」「とってもキュートだよ」など言葉をかけてくれる人や、クリスマスカードを渡してくれる人…。「こちらの人は反応が素直で分かりやすく、大きな励みとなった」。
11年10月にはイエールタウン-ラウンドハウス駅構内に2号店をオープン。グランビル駅での評判の良さからとんとん拍子に出店が決まった。何の実績もなかった女性が早くも次のステップを踏んだ形となった。2号店ではスタンド形式ではなく、店を構え、結婚式への注文にも対応、ブーケなどをつくる作業場も設置し、毎月季節の花を用いたフラワーアレンジメント講座も開講。華やかに、バラエティーに富んで。
ショップの外観はよくありがちな緑を基調とする花屋ではなく、赤と白の水玉をイメージカラーにキュートでポップな「人を楽しい気持ちにさせる」店作りに取り組む可奈子さん。ラッピングもロゴの入ったオリジナル用紙を使用し、「手にとってプレゼントしたくなる」、「細部にまでこだわったブーケ作り」に力を入れている。
ディスプレーからラッピングまでちょっとした心遣いが行き届いたお花、日本人の細やかなサービスや接客にこだわったQueensberryは殺風景だった駅に色を挿し、潤いをもたらした。多くの地元の人に愛され、店頭では小さなエピソードが次々と生まれた。
花を買って、そのまま店頭でプロポーズする男性。遠距離恋愛をしていた男性が待ち合わせのグランビル駅で花をプレゼントして彼女を出迎え、泣きながら再会して抱き合う場面もあった。「離婚の危機にある」という男性とどのような花を奥さんにプレゼントすればよいかの相談にも真剣に乗った。これまで、ただ利用して通り過ぎるだけだった駅が、人と人を繋げ、愛に溢れる場所となったのは誰もがもらって喜ぶ花の力に違いあるまい。
各駅にはホームレスの人もいる。ある時、グランビル駅に住むホームレスが店頭に。ひやかしだと思っていたら、彼はポケットからジャラジャラと小銭を取り出した。合計2ドル。そして「バラがほしい」と。毎週火曜日にグランビル店で行っている「バラを一本、2ドルで販売するTooney Rosie Tuesdayキャンペーン」を見ていたのだった。彼は、その後、貯めた小銭で毎週、バラを真剣に一本選んで買っているという。「誰に渡すかは教えてくれないんですけどね」と笑顔で話す可奈子さん。人を和ませる話だ。花を扱うことで得る喜びは可奈子さんとスタッフの仕事や日常生活の原動力となっているのだろう。
経営2年目で売上げは初年度の倍となり、順調に業績を伸ばしている。今後もビジネスは拡大していくつもりが、可奈子さんのビジョンは別のところにある。ビジネスを拡張していくと同時にカナダに移民してきた女性を応援するために働く場所を提供することだ。
「自分自身もそうだったが、結婚して移民してきた女性は慣れない街に突然住むことになり、仕事を見つけることだけでも大変で、友達をつくるにも時間がかかり、引きこもりがちになりやすい。そんな女性たちが生き生きと仕事を通して楽しく過ごせる場所を提供したい」、「私自身もせっかく移民してきたからこそ、前よりもっと幸せになりたい」と。そこに、マネーメイキングだけでない、可奈子さんの志が脈打っている。
「周りの意見を聞くことが大事」。Queensberry Flower Companyでは皆が意見を出し合ってお店作りに励んでいる。自分の力を十二分に発揮できる場所、スタッフ皆が花々のように瑞々しく、幸せを追求するからこそ、周りの人もハッピーにすることができるのだろう。
グーグルで Queensberry Flowerを検索すると、真っ先に、可奈子さんのお店が英語で紹介されている。次は、日本語で、「スイートピー入荷しました」。