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日本から世界を舞台に-「バンダイナムコスタジオ」の挑戦がバンクーバーで始まる

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バンダイナムコスタジオは2013年4月にバンクーバーに開発スタジオを新設し、準備期間を経て2014年から実質稼働、一年半が過ぎようとしている。世界に通用するゲームを北米拠点であるバンクーバーから企画・開発するためだ。同スタジオ開発責任者である中山淳雄さんにバンクーバースタジオのオープンから北米でのゲームづくりについて話を聞いた。

*中山 淳雄
Bandai Namco
Studiosのバンクーバー法人にて、欧米向けモバイルゲームの開発スタジオ責任者。2004年東京大学西洋史学士、2006年東京大学社会学修士、2014年Mcgill大学MBA修了。(株)リクルートスタッフィング、(株)ディー・エヌ・エー、デロイトトーマツコンサルティング(株)を経て現在に至る。著書に“The Third Wave of Japanese Games”(PHP, 2015)、『ヒットの法則が変わった
いいモノを作っても、なぜ売れない?
』(PHP、2013)、『ソーシャルゲームだけがなぜ儲かるのか』(PHP、2012)、他寄稿論文・講演なども行っている。

バンクーバーはゲーム会社にとって理想都市

 北米の拠点としてバンクーバーを選んだ理由は「『人材』と『税』が大きく関わっている」(中山さん)。カナダには開発費の3割が控除されるデジタルメディアクレジットという税制優遇がある。サンフランシスコの技術者(エンジニア)の平均年収が1千万円になのに対し、バンクーバーは800万円。そこに税控除の3割で、アメリカで稼働するより半分近いコストでゲームを開発できる。西海岸はFacebook、グーグル、アップルなど世界で成功している企業が年収を吊り上げ、給与バブルに陥っているという事情がある。そうした世界一のTech市場であるサンフランシスコにおいて、ゲーム業界は優秀なエンジニアを引き寄せるために非常に競争的な条件を提示しなければならない。端的に言うと、アメリカ西海岸でのゲーム作りはコストに合わなくなってきているのだ。

 バンクーバーを拠点とすることで優秀な人材の確保が可能となる。サンフランシスコのエンジニアと同じメンタリティーとスキルを持ちながら半分のコストでゲーム開発もできる。「優秀な人材はわがままなところがある。気候が良くて、ご飯も美味しくないと来ない(笑)」 ― そうなると西海岸、さらにサンフランシスコよりコストを抑えて住めるバンクーバーとなるという訳だ。

 中山さんは「バンクーバーはサンフランシスコより世界と繋がっている都市ではないか」と説く。中国系移民が多いことでも知られるバンクーバー。バンクーバー空港は年々、太平洋アジア諸国との繋がりを強化しているほか、北米で唯一、中国の主要航空会社4社のサービスを提供している空港でもある。

 「クリエイティビティ―が重要なハブはどこが良いか。あらゆるコストが高いサンフランシスコか、意外とエコノミカルなバンクーバーなのか。実際、サンフランシスコからのエバキュエータ―がかなり多いのではないか」と分析する。バンクーバー首都圏にはEA、Capcomなど40以上のゲーム会社が存在する。近年、IT、ゲーム会社が増加しているのはこのような背景があるともいえるだろう。

ゲームとグローバリゼーション

 「作ったものを輸出することは簡単だ。言語を乗せかえるだけのこと」。ただ、日本で生まれたゲームが自国では人気を呼んでも世界ではいまいち、反響を呼ばないのは世界目線でのゲーム作りに力を注いでないからではないか。-ゲームコンテンツのガラパゴス化だ。

 バンクーバースタジオの新設に関わった中山さんは「今、日本企業のグローバル化は避けられない。世界に出て、現地の人をマネージメントして作っていくことが大切。難易度高く、成功事例も少ないが、それでも挑戦していかないと将来の成長機会を見過ごすことになる」と警鐘を鳴らす。

日本で売れても世界で売れないが北米で売れると世界で売れる。

世界に通用するゲームを作るためには、まず世界の舞台に立たなくてはいけないのだ。

世界に通用するゲーム

 バンクーバースタジオには約25名のスタッフが働いており、カナダ・アメリカだけでなく南米・アジア・欧州など多様なバックグランドを持つ人々が開発に携わっている。

 「物事を対局の世界で、異なる考え方を持つ人たちと作る経験をしたことがないと、日本の歪さを相対化できない。だから、日本のゲームが売れなくなった理由が分からない。見て、実感しないと理解は難しい」。

 「よく言われる話としては長期雇用を前提としてよく知ったチームの間で集中的・長時間にわたってブレストしながらつくっていく日本の「すりあわせ型」のモノの作り方とよく知らないなかで市場から直接スキルをもった人材を調達しOpenな環境のなかで異質な文化を取り入れながらつくっていく北米の「モジュラー型」のモノの作り方では手法もツールもコミュニケーションスタイルも大きく異なる。これはゲーム開発のみならず、自動車から電気製品から製造過程全般に通じる日米の違いであるのでないか」。

 世界に通用するゲームを開発するには、多様なバックグランドを持つスタッフのアイデアが大きく作用する。母国と北米で育った環境が開発に貢献し、カラーの出し方もプレーの仕方も日本と異なる、グローバルなアイデアが生まれる。 これまで日本国内でしか受け入れられなかったゲームが世界規模へと変貌を遂げるのだ。

 1年半が過ぎ、バンクーバースタジオでは今年7月にVancouver Victory Square「Pac – Man Bounce」を、今夏中に、オーストラリアの会社と組んで、「Pac – Man 256」、リリースした。今期、2,3本はリリースを予定している。

 実際に完成を遂げた同ゲームの制作プロセスでは「皆、考え方は違うが、非常にチームワークが優れている。日本人は一人で勉強して、一人でテストを受けるという育ち方をしているが、こちらはグループワークで育っているため、人の頭の中身をシェアするのが得意。新しいことに取り組むことに臆病さがなく、むしろモチベーションを上げて取り組めた」。

日本のコンテンツ産業の希望として

「海外で成功している日本のモバイルゲーム会社はまだないといえる状況だが、日本の企業は長期的視野が強い。我々が最前線で傷だらけになりながら作れるかどうかはゲーム会社に限らず、日本企業の試金石になるのではないか。成功事例をだし、日本のコンテンツ産業の希望となるべく頑張りたい」と展望を話す。

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