10月10日に閉幕したバンクーバー国際映画祭。同フェスのアジア作品部門「Dragons & Tigers」のプログラマーを務めるイギリス人映画評論家トニー・レインズさんが、同フェスにおけるアジア作品25年の歩みを振り返った。
「子どものころから映画が大好きで、ビデオカメラを持って回って家や学校で撮影したり、高校の学校新聞で映画評論コーナーを担当したりしていた。自分の周りには常に映画があった」というトニーさん。イギリスの映画専門誌「サイト・アンド・サウンド」を中心に評論活動を続け、バンクーバーだけでなくロッテルダムやロンドン国際映画祭のプログラミングに参加。日本や韓国、中国、香港など東アジア作品の世界進出に大きく貢献してきた。
トニーさんは映画祭プログラム作成のため、年に1度、ソウルや釜山、東京などを訪れ、約10日間ひたすら映画を見続けて注目すべき作品を探すという。無名の新人監督の作品や、これまでに見たことのある監督の最新作などを見ながら、「ドキドキさせられるか」「驚きがあるか」「新鮮さがあるか」「国際的に通用するか(文化的背景の詳細を説明しなくても観客が理解できるか)」「幅広い層の観客が楽しめるか」「プログラム全体として内容のバランスが取れているか」という点に注意を払って、作品を選んでいく。
「これまで新人監督として映画祭で紹介した中には、どんどん有名になってインディーズ作品ではなく大規模な商業映画に携わるようになった監督たちも多い」と振り返るトニーさん。中でも今年のスペシャル・ガラ作品として招待された「バンクーバーの朝日」の石井裕也監督について、「彼の活躍はとても喜ばしいこと。作品の規模は大きくなっても、彼自身の映画作りに対する姿勢は『剥き出しにっぽん』で初めて来加したときのまま。一本芯が通っていて全くぶれていないのが、彼の素晴らしいところ」と絶賛。「規模が大きくなればなるほど、『もっと泣かせよう』『もっと笑わせよう』としてストーリー展開を無意味に急いだり、過剰な演出を加えたりしがちだが、彼はしっかりと自分の揺るぎないベースを持っている。他の人にはなかなかできないこと」と今後の活躍に期待する。
「日本映画と言えば『クロサワ』と皆が口をそろえるが、これからの映画界を担っていくべき次の世代の監督たちの作品でも良いものが数多くある。それぞれの国内だけでしか知られず、ほとんど世界に出ていないのはもったいない」と話すトニーさん。バンクーバー国際映画祭は1994年、世界中で開催されている大規模な映画祭の中で初めてアジア作品に焦点を当て、特別賞「Dragons & Tigers Award」を設け新人監督を発掘。世界の舞台に出る機会を与えることに成功し、東アジアの新人監督の登竜門的な位置を確立した。同賞創設20年を迎えた今年から、「このカテゴリーを作った当初の目的は達成しつつある」として、作品の枠をアジアに限らず南米やヨーロッパなどに広げて世界中の若い才能を見いだし、紹介していくことに方針を転換。「Best New Director Award(最優秀新人監督賞)」として再出発した。
トニーさんは自身の今後について、「自分は監督たちが作り上げた世界を、より多くの人たちに見てもらうためのメッセンジャー的役割を担っているだけ。どんな作品をどう作れば売れる、というアドバイスは自分にはできないし、するべきではないと思う。とにかく多くの作品に触れて、少しでも多くの隠れた才能をこれからも発掘していくだけ」と抱負を語る。