市内各所で開催中のバンクーバー国際映画祭で9月29日と10月1日、The Cinematheque(1131 Howe Street, Vancouver)で、東日本大震災を生き延びた一頭の牡馬をめぐるドキュメンタリー映画「祭の馬」が上映された。松林要樹監督も来場し、上映後に行われた質疑応答のコーナーでは活発な意見交換が行われた。
全く勝てないまま引退し、余生を送っていた福島県南相馬市で東日本大震災による津波から奇跡的に生還するも、その時のけがが原因で局部が腫れ上がったままになってしまった競走馬「ミラーズクエスト」がたどる数奇な運命を描いた同作品。「放射能汚染」のレッテルを貼られた馬が、南相馬での避難、北海道日高町での一時受け入れ、そして再び南相馬の神事「相馬野馬追(そうまのまおい)」に参加するために戻ってくる様子を追いながら、人間によって運命をコントロールされる馬の存在をメタファーに、日本という国の矛盾を映し出す。
3月11日の震災から3週間後に、現地に支援物資を届けに行った時に偶然、馬たちに出合ったが、その後また訪ねた時には多くの馬たちが餓死しており、「あのとき、もっと餌でもあげておけばよかった」と後悔の念に駆られたという松林監督。「馬の腫れ上がった生殖器と、福島の原発から立ち上る煙の形が重なって見え、人ごとではないと思った」と振り返る。
3カ月現地に滞在し、馬たちの世話を実際に手伝いながら撮影を行った。「自分はペットを飼ったりしたことがなく、動物と接する機会があまりなかった。今回の経験を通して馬が全身で感情を表現する動物だと分かり、ちょっとした耳の動きや表情、目で訴える様子に注目しながら撮影した」と話し、「放射能が生殖器に影響が出るということを表現するためのシンボル的なもの。メタファーとして取り上げることで、寓話(ぐうわ)のようなスタイルにしたかった」と説明する。
観客からは「現地に入ることで健康上の不安はなかったか」との質問もあり、「確実に内部被ばくしていることは分かっている。これが原因で死ぬことになるかもしれないが、それについて今はどうにもできない。今までは気に留めなかったが、鼻血が出たり、歯磨きをしていて歯ぐきから血が出たりしたときに『もしかしてこれは?』と思うが、だからといってそれにおびえて毎日過ごしているわけではない」と答えた。
撮影対象を求めて、世界中を旅している松林監督。「バンクーバーはもう何度か来ているが、来るたびに好きになる。食べ物もおいしいし、人もいいし、住みやすそう。点々と移動するのもいいが、そろそろ永住するならどこにしようかと考えているところ」と笑顔を見せた。